準富裕層と発達障害児

準富裕層、3児の父。準富裕層であれば発達障害児を救えるのかを検証するブログ。

映画226

ひろみつ

YouTubeで映画226が無料公開されてましたので観ました。1989年の往年の映画ですが、見応えありました。


226事件と言えば、首謀者の1人、安藤輝三が恐らく最も人気があるでしょう。


なにしろこの方、元々、226事件というクーデター決起に当初から反対しており、一方、一度決起した以上は回りの首謀者たちが降伏していく中で最後まで頑強に戦ったのです。


また、部下思いの人格者としても知られており、安藤中隊の編成人数は多くは無かったものの、226事件に参加した安藤中隊の割合は非常に高かったそうですね。


226事件では各隊分かれて国の中枢人物を殺害し、中枢機関を占領していくのですが、安藤輝三は人物の殺害には反対しており、何とか軟禁で済ませる事が出来ないか最後まで考えていたそうです。安藤輝三の攻撃先は侍従長の鈴木貫太郎。


邸宅に突入した安藤隊は鈴木貫太郎に数発の銃弾を浴びせますが、ここで鈴木貫太郎の妻からトドメは刺さぬよう請願されます。安藤輝三は捧げ銃をして鈴木貫太郎に敬礼。トドメを刺すこと無く邸宅を去りました。


この、鈴木貫太郎にトドメを刺さなかった事が9年後、日本人を何万人以上を救い、北海道や東北地方がソ連に占領される事を防ぐ事になるのです。


安藤輝三に命を見逃された鈴木貫太郎は後の1945年8月までの敗戦処理を一手に引き受けましたが、そこは和平派と徹底抗戦派の対立激しい世界であり、徹底抗戦派から鈴木貫太郎ら和平派は命を狙われました。例えば同様に和平派の下村宏も有名な玉音放送のレコードを車で輸送する際に陸軍の臨検に遭い、銃を突き付けられて命を狙われた有り様です。


命を捨てる覚悟で終戦工作に邁進した鈴木貫太郎無くして、早期終戦は不可能だったのです。もし、ポツダム宣言受け入れを日本が遅らせていればより多くの人命が失われ、更にソ連が南進して来ていたため、千島列島のみならず北海道、東北、全てソ連領にされていました。



安藤輝三は226事件首謀者として今のNHK渋谷放送センターのある場所の通りの向かいあたりで銃殺刑に処せられました。国を憂いての行動の結果ではありますが、安藤輝三の刑死を鈴木貫太郎は酷く嘆いたと伝えられてます。



また、226事件首謀者である皇道派の目的は主に東北地方の農村の貧困を天皇に知って貰うこと。貧困打破のために農地解放や財閥解体を行うこと。権力者を引きずり下ろす事でした。戦後、天皇の地方御幸、GHQ主導による農地解放、財閥解体、権力者の公職追放という形で全て成し遂げられる事になるのは何とも因果なものです。