準富裕層と発達障害児

準富裕層、3児の父。準富裕層であれば発達障害児を救えるのかを検証するブログ。

夢を見ないで現実を見た

ひろみつ

10代、20代のころ、実に幸運なことに複数、女性とお付き合いしました。大体、別れのときに言われた言葉は「あなたは努力しているように見えないから、将来性を見出だせない」的なものでした。


これねぇ、私は確かにそう見えて退屈かも知れません。他人に努力している姿を見せたり、疲れているところを見せるのが嫌い。むしろ、泰然自若としていたいのです。その結果、女性から見たら何の努力もしていない人間に私は見られるのでしょう。


私は努力してないように見えてこっそりと準備するのが何よりも好きなので、それなりに難関な大学、大学院、そして企業に身を置くことができました。しかし、女性にとっては結果よりも、努力しているプロセスが大事であり、頑張っている姿を見せた方が確実に女性にモテることでしょう。物語や将来、夢を語りたいのが多くの女性であると私は経験から学びました。


多くの女性が資産額という人生の結果のモノサシよりも、年収という現在の努力量のモノサシを評価して婚活することにもその事が表れています。もっと言うと節約や投資という可視化しにくい努力の量よりも、肩書や、高級車、高級ブランド、高級レストランというような可視化しやすい努力の成果に女性が飛びつくのも、女性は常に現在思考であり、今の努力を評価する思考だからであると確信してます。


私も、そしてこんなブログのこの段落まで読む実に奇特なあなたも、世間からするとかなり稀な存在です。私に至っては、行動がかなり奇抜、最早奇行に近いので、世間的にはそろそろこの辺りでキモい分類に入ってしまっているかも知れないです。しかし、私は天から与えられた能力の中で最大限の結果を出すにはこのように、極端な行動をするしかなかったのです。


聖書で有名な「タラントの例え」で、主が留守の間に3人の弟子たちに資産を預けて増やせと命じる話があります。1人が5タラント、1人が3タラント、1人がたったの1タラントを主から任されましたが、5タラント与えられた弟子、3タラント与えられた弟子はそれぞれ商売で2倍に増やし、帰宅した主に褒められました。しかし、1タラントしか与えられなかった弟子は不貞腐れて何もせず、主人から怒られ追い出されます。


タラントとは生まれついての能力の例え話であり、人は生まれつき能力が違うが、その中で戦わないとならないということです。私は流石に1タラントしか貰っていないとは言いませんが、恐らく3タラントあるかないかくらいでしょう。この中で、資産額を伸ばすために行った行為がキモいくらいの節約と投資だったのです。タラントの例えの教訓を幾分でも生かせることができているでしょう。


先日、近所のスーパーで買い物していると、私は何時もの如くスマホでスーパーのクーポンを検索してました。「こんばんは、こんばんは」という若めの女性の声。私に話し掛けている訳では無いと思ってスマホ画面から目を離さなかったのですが、近寄ってきてもう一度「こんばんは」、と言われたので見上げると、見慣れた女性がニコニコ。保育園のママ友さんでした。癒やし系の綺麗めなお母さんですが、笑顔に癒やされるとともに、まだ私はキモくは見られていないという事を確認できて安心しました。


内面は狂っていても、外面だけは常識を貫きましょう。