昨日のブログでは、蓄財の為には贅沢をしないほうが良いという内容を書きました。では、家族のお金遣いをどう捉えるか、という事も私は常々考えてます。
私の妻もカフェや仕事の合間の外食ランチを楽しみにしている人です。それを制止すべきかというと、私ならば『否』と考えます。
妻は、毎朝ドトールのカフェで250円コーヒー(来月から280円に値上げ)を飲む事に加え、オフィス近辺のランチを時々巡っていて、それは楽しそうです。私が日頃、水筒に自家製水出しコーヒー(400ミリリットルで20円)、ランチは子供たちの残飯(無料。寧ろ地球に優しい。)とは値段も優雅さも雲泥の差です。
では、これら日常の贅沢を妻に我慢させ、S&P500投資に回させるのは正解なのでしょうか?確かにお金持ちには近付くかも知れませんが、それ以前にそこまでしてお金持ちになりたいか?という疑問が生まれます。人に我慢させてまでしてお金持ちになったところで、それは死んだお金も同然であり、無味乾燥なものです。
また、出口戦略を考えてみても、妻がS&P500を解約して現金化したい、という時が来た時、こちらの都合でそれをさせないという事になるのでしょうか?その様にこちら一存で金銭面を雁字搦めにしてしまったら最早家族とは私は言えないと思うのですよね。
逆の立場で考えてみても、例えば私は金銭面や精神面の負担が少なく心が快適であると言う理由で乗り出し価格40万円の中古ミニバンに乗ってますが、もし妻が『乗り出し700万円のアルファードが良い』と言い出したら、私は凄いストレスを感じると思います。『ある商品やサービスに差し出す対価がこの位ならば心地良い』という基準は人により異なり、妻の場合であれば、それが一杯300円前後の喫茶店コーヒーや1,000円前後のランチなのであり、私であれば100万円以下で購入出来る車である訳です。それを『ランチに1,000円は掛けすぎだから500円以下にしなさい』、とか、『100万円以下の車なんてみっともないから、せめて400万円の外車が良い』となると、自分が心地良いと感じる商品の対価から大きく外れてしまい、不要なストレスを与える事になります。
無論、ギャンブル依存や買い物依存みたいに、こちらにも害があるのであれば心療内科を頼るなどしてパートナーには改めて貰う必要はあるかと思いますが、そうでないのであれば、好きなようにやらせるのが一番だと私は思います。
人生で一番大事な物はカネではなく健康ですので、大きなストレスを感じるくらいであれば、カネを幾分使った方が遥かに良い、と思います。
どケチの究極系がウォール街の魔女と呼ばれた伝説の投資家ヘティ・グリーンの逸話があります。
ヘティ・グリーンは現在の資産価値で数千億円以上の資産を築き上げた伝説の投資家ですが、どケチとしても有名であり、燃料が勿体ないからという理由でスープを温める事すら嫌い、いつも冷たいスープを飲んでいたそうです(この程度ならば私も十分に理解出来る範疇です)。
しかし、息子が怪我をした時、無料の診療所での受診に拘り、なかなか予約が取れなくて時間が経過してしまった結果手遅れとなり、息子は足を切断する事になってしまいました。時代が現代とは異なるため、正確な事は言えませんが流石に、こういう家族の健康を犠牲にした節約は行き過ぎである、という感じはしますよね。
また、良く言われる様に、他人を変えさせるのではなく、自分が変われば良いのです。妻や夫が仮に蓄財出来ないのであれば、自分が蓄財すれば良いだけです。実際、株ブログ界隈で成り上がって行った人は、ほとんどが夫婦で頑張って資産を築いたというよりかは、パートナーに資産面での協力を仰がず、1人で頑張って資産を築き上げた、という人です。そもそも妻や夫にも蓄財を頑張って貰いたいといった考えは他人に依存した考えであり、資産家の特徴である『他人に依存せず、自立した考え』とは相反するものなのです。